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H22.09.07掲載

医学史から vol.42

酒井シヅ(順天堂大学名誉教授)
 
コルサコフ症候群












 コルサコフ症候群に聞き覚えがあるが、何だろうと思う人が多いかもしれない。終戦直後に起きた帝銀事件の平沢貞道とつながるといえば、思い出すだろう。帝銀事件とは1948年1月26日に東京都豊島区椎名町の帝国銀行(現三井住友銀行)でおきた11人の犠牲者がでた毒物殺人事件である。逮捕された平沢貞道は死刑判決をうけたが、毒物の取り扱い経験もない平沢の犯行とするには無理があり、死刑判決の決め手となった供述の信憑性にも問題があった。狂犬病予防注射をうけた平沢がその副作用でコルサコフ症候群を発症していたからであった。

 コルサコフ症候群は健忘作話症候群ともいわれ新しく経験したことを記憶にとどめておくことができなくなり、記憶の欠損した所を作話で埋めることが目立つ症状である。また質問に対して的外れな回答をしたり、時間と場所の見当がつかなくなったりする。一般的な原因にはアルコール中毒、ビタミンB1欠乏症がある。この症候群を記述した人がロシアの精神医学者セルゲイ・コルサコフ(1853-1900)であった。かれは治療法として患者を病院から自宅療法に切り替えることがよいといっているが、刑務所に拘束されていた平沢には叶わぬことであった。帝銀事件は1955年に死刑が確定した直後から冤罪であるといわれ、松本清張らが支援活動を行い、17回の再審請求が行われ、3回の恩赦願がだされたが、すべて却下されて、平沢は1987年5月10日に八王子医療刑務所で病死した。95歳であった。
 

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